2/6 彩の国シェイクスピア・シリーズ『ジョン王』@シアター・ドラマシティ

もともと2020年に見に行こうと思っていたのですが、公演中止になって、それが復活したのが今回の『ジョン王』公演です。小栗旬さんを見に行くの、何年ぶり?シェイクスピアの作品を見るのも何年ぶり?…というか、ここ最近、コロナのせいもあってご無沙汰になっていたものがいろいろ復活しているので、何を見ても、久しぶり、って感じになってますね(笑)。

ちなみに、一番下に、ネタバレ全開パートを置いておきますが、それまでは基本的に、あまり踏み込みすぎないように感想を書いていきます。

ーあらすじー

ジョン王が王位についているイギリス。そこへ、先王リチャード獅子心王の正統な後継者であるというアーサーが、フランス軍とともに、退位と領地の返却を求めてやって来る。さらに、リチャード獅子心王の私生児であるというフィリップもやって来て…。

 

ー演出家の腕の見せ所ー

この作品は、あまり面白くない作品らしい、というのは事前のインタビュー記事で読んでいました(笑)。だから、あまり上演されないレアな作品なんですと。

それだからか、のっけから驚かし要素がある演出が次々と登場します。…冒頭のネタについては、一番下のネタバレ全開パートにてどうぞ。普通にビックリした(笑)。

…正直、途中で何回か眠くなってしまう瞬間があって(汗)、でもそのたびに何かしらの仕掛けがあったので、これは意図的にやっているのだと思います(笑)。

例えば、

降らせの蜷川を彷彿とさせる演出… これを降らせるん(驚)?
歌唱!… 旬くんも歌う!
ご時世を反映… メッセージ性が強い!

彩の国シェイクスピアシリーズは、何作か映像で見ましたけど、基本的には正統派「ザ演劇」という路線だと思っていたので、ここまでアレンジが利いた作品だとは想像していませんでした… それは半ば、戯曲に頼るのを諦めちゃっているような気がしないでもない(笑)。

たまたま、前日に、角野隼斗さんのコンサートを見たばかりなのですが、音楽と演劇で違えど、2日連続で、過去と現代がつながるような試みを見れたのは、興味深いです。

確かに、シェイクスピアの作品は古典だし、普遍性がある作品も多いですが、全てが必ずしもそうではなかったはず… 文学部のときちょっとかじった程度ですけど。でも、こういう演出だったら、現代人も見やすいですし、こうやって古典が現代の中でも生きていくという、いい例になったのではないかと思います。ま、今更言わなくても、シェイクスピアの作品は、過去にもたくさん大胆アレンジされていますけどね。

 

ー無意味な死ー

この作品のテーマはこれかな?と。

劇中、まあたくさんの人が亡くなるわけですが、その多くが無意味な死だったのではないかと思います。…何もそこで殺し合わなくても、と思いましたし、その人達に振り回されるように命を落とした人々もたくさんいたのだと思うと、非常に心苦しいです。そのあたりが、ラストに繋がるメッセージになっていくんですね。

劇中の多くの死の中で、異彩を放っているのはアーサーの死です。…トマス・マロリーの『アーサー王の死』みたいだ(笑)。アーサーくんは、正統な後継者のはずなのですが、まだ幼く、周囲に翻弄されるしかありません。その中での決断は、さすが、というべきか、否か。

ワタクシ的には、生きる権利があれば、死ぬ権利もあると思っていて、安楽死も肯定派です。…ワタクシは一人で生きて行くのが楽なので、死ぬときもできるだけ周囲に迷惑をかけたくない、と考えたときに、最終的に安楽死の制度があるというだけで、いろんな心配事を減らせるのにな、と思ってしまいます。

と、ちょっと話はそれましたが、その中で、あのかわいいアーサーくんの気高い死は、意味があるものだったと思います。…アーサーくんの歌、めちゃめちゃ懐かしかった~♪

でもでも、殺し合うなんて、ホントに無意味。自由というのは、何をしてもいいということではなく、それぞれの人が周囲の人から邪魔をされない自由がある、ということ。だから、みんな少しずつ我慢して、できるだけ多くの人が自由を手にできるようにするのが理想… 自由主義の基本です。

ま、シェイクスピアの時代の人たちは、自立した生活をできる人は少ないから、そもそもそういう発想はなかったかもしれませんが、現代のワタクシたちは、過去の経験もふまえていろいろと考えるべき。…ラストは、胸が熱くなりました。

 

ー久々の小栗旬さんー

ホントに、演劇自体見るのが久しぶりで、前回見たのは、小栗さんと田中哲司さんの二人芝居『RED』(2015)かな?あ、シアター・ドラマシティに行ったのは、これまた小栗さんが出演されていた『時計じかけのオレンジ』(2010)以来だったと思います。

今回、座席がわりと前の方だったので、ド近眼のワタクシでも、肉眼で確認することが出来たのですが、めちゃめちゃカッコイイ~!!!去年は、1年間大河ドラマで見ていましたけど、テレビと舞台はやっぱり違いますからね。ワタクシ的に、小栗さんを最初に意識するようになったのは『間違いの喜劇』を見たときだったと思うので、舞台上の旬くんやっぱりいい!って感じでした。

やっぱり、身長があるから、それだけで舞台映えしますよね。それに、あの発声!まくし立てるように、ぶわ~っとセリフを繰り出す感じは、舞台ならではです☆

今回の私生児フィリップですが、はっきり言って、主役というわけではありません。むしろほぼ脇役(笑)。ジョン王役の吉田鋼太郎さんのインパクトが非常に大きいのは言うまでもないことですが、小栗さんの存在感については折り紙付きなので、そこは安心して見ていることができます(笑)。

でも、歌ったのはビックリしましたね。確か昔、「歌は下手くそなんですよ~」って言ってたような気がするのですが、全然そんなことなかったですし!

 

ー個性的なキャストー

吉田鋼太郎さんについては、今更何も語ることはないですけど(笑)、ワタクシ的には、昔蜷川さん演出の作品を見に行っては、そこに吉田鋼太郎さんが出ている、という展開が多かったので、未だにテレビでお見かけすると、違和感があるんですよ(笑)。特に、舞台だと王様役が多いでしょ、それがテレビだと、普通のおじさん… って、ワタクシの理解を超えている(笑)。

あと、他のキャストさんたちも、それぞれ特徴があって、面白かったですね。特に、女性キャラを演じられていた方々は、いい味出してました。…ただ、シェイクスピア作品だと、女性って何かあるとすぐ気が触れてしまうので、それについてはまたか~って感じでしたけど。

そしてやっぱり、アーサーくん!かわいすぎでしょ☆ この作品唯一の清涼剤的な感じですよ。

 

ー久々の舞台ー

なんだか、舞台を見るって感覚自体も忘れてましたね。…ドラマシティも、何度か行ってるのに、どこから入るんだっけ?って普通に調べました(笑)。

あと、みなさん声が大きい(笑)。生声で上演するのだから当たり前なんですけど、そういうことすら忘れてる(笑)。おかげで、最近左耳の調子があまりよろしくないワタクシは、耳栓装着。歌のシーンは、マイクを通した音が流れていました。

そして、やはり大阪だからか、客席の反応も良かったのでは☆ こういうのは、生観劇の醍醐味ですよね。あと後ろの席の方が、途中の休憩中に、あの場面のあれってどういうこと?って話をあれこれされていて、ワタクシ的にも復習をするのにいい機会になりました。…ちょうど、パンフレット見ながら、あらすじとか人物とかの確認をしていましたしね。

 

ーまとめー

昔文学部時代に、「英米戯曲研究」というスクーリングを受講して、シェイクスピアの『マクベス』について学びました。そのときシェイクスピア作品の味わい方、蜷川幸雄さんの演出の妙を知り、それ以来、機会がある時はシェイクスピアの作品に触れるようにしています。

また、蜷川さん演出、小栗さん主演の『カリギュラ』を見に行って大感激し!そのまま、文学部の卒業論文のテーマにもしたので、小栗さんに足を向けて寝ることは出来ません(笑)。

それはさておき、いろいろと困難が多い時代だからこそ、たまにはこうして芸術に触れて、ああだ、こうだと考えてみるのはいいことだ思いました。正直、終演直後は、で、一体何だったんだ?と頭の中が混乱していましたが、こうして感想を書こうとするうちに、あれこれまとまってきましたしね。

いい機会をいただけて、ありがとうございました!でも、戯曲自体の価値はうーん?わからん所が多すぎる(汗)。

 

では、以下に、ネタバレ全開パートを置いておきます。知らずに見ちゃった、という苦情は受け付けませんので、お気をつけください。

 

 

 

 

 

 

 

ーネタバレ全開パートー

開演時間を過ぎた頃、ふと中央寄りの通路を見ると、赤いパーカーにジーパン姿、リュックを背負った人が、ステージ方向に歩いていきました。最初は、席が前の方なんだなぁ、と思いながら見ていたのですが、その人はいきなり、ステージに登っていって!しかも、スマホでステージセットの写真を撮り始めたから、周囲の人たちも、え?ってなって。…背格好から、もしや旬くん!!!

そして、ステージ上から、人形がバタッと落ちてきて… ここでも客席からうわって声が上がっていました、そこから話が始まります。

つまり、私生児フィリップは、文字通り異次元空間からやってきたのです!

最初は、パーカーの衣装のままで演じているのですが、徐々に他キャストさんと同じような服装になり、休憩を挟んだあとは完全に、周囲の人になじんでいるのですが、最後に、ジョン王の復讐をしに行くぞっ!ってところで、不意に、ぷつりと作品が終わってしまいます。

旬くんは、ステージ上で固まったまま、他のキャストさんたちが、お辞儀をしていきます。(いわゆるカーテンコール)

そして、再び旬くんが一人舞台上に残されたときに、一人の兵士が銃を持ってやってきます。銃口を向けられ、旬くんは、剣を手放し、武具を一つ一つ外していき、最終的にもとのパーカーとジーンズ姿に戻って、そのまま、客席通路を通って、客席後方のドアから出ていきます。

これって痛烈な、戦争批判ですよね。

上演中も、上からバタッ、バタッと、随所で、死体に見せた人形が落ちてくるのです… 降らせの蜷川と言って、蜷川さん演出作品では、桜の花びらとか、雨とか、あれこれ降ってくるのですが、まさか死体が降ってくるとは!!!

そういう意味でも、この演出はよくできていると思いますし、蜷川さんの作品に多く出演されているからこその、吉田鋼太郎さんの演出だと思いますし、興味深かったです。

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