未体験の震災についての記憶

仕事中にサイレンが鳴るのが聞こえて、震災があった日なんだなぁ~と思い出しました。とはいえ、ワタクシは西日本に住んでいるので、地震の揺れを感じることもなく、後でテレビをつけて事態の深刻さに気づいたわけですが、あの日何をしていたのか…。

―2011年3月11日午後―

ワタクシは、朝からのバイトを終え、帰宅中でした。

いつものようにシャワーを浴びて、お昼ごはんを食べて、次のバイトに行くべく、メイクをしていたときかな?ふとテレビをつけて… 我が家はテレビをつけるとWOWOWになっているのですが、画面の端っこに津波警報の告知が出ていることに気づきました。

WOWOWさんは基本的に、ニュース速報とかが流れたりはしません。でも、そのWOWOWさんでそんな表示が出ているのだから、これは何か大変なことが起こっているのでは!?と思って、そのとき初めて地上波にチャンネルを変えて、地震のことを知り、そしてちょうど津波が押し寄せてきている映像を見て、背筋が寒くなったわけですけど… そのままバイトへ。

結局その日はそのまま夜までバイトが続いて、バイト先で、津波の映像見た?なんて話はしましたが、いかんせん、こちらは全く揺れもしなかったので、完全にテレビの中の出来事。。。

ただ、twitterの友達は関東の人が多いので、TLを見ると、被害の深刻さ、またみんながとても不安がっていることが分かるのですが、次の日も、また次の日も、ワタクシの周りにはいつもと変わらない日常があって、仕事に追われる毎日。。。

 

―埋まらないギャップ―

教育関係というワタクシの仕事的に、3月の中旬から下旬というのは、唯一暇な時期なのですよ!そして、その時期は、それまでの「受験」という仕事のストレスから解放されて、めいっぱい楽しむ時期なわけですよ!…冬場はかなりブラックに働き詰めなので、マジで、この時期にのんびりしないと、次の1年がエライことになる(汗)。

でもテレビをつけると震災のことばかり、外に出るといつもとちっとも変わらない日常、そして数カ月分のストレスを発散できないしんどさ、何もできないもどかしさから、ワタクシは精神的に崩壊寸前でした。

 

―避難民の受け入れ―

そんなとき、twitterのTLで、東京の友人が、揺れのせいで眠れない、、、とこぼしていたので、「ウチに来る?」と誘ってみました。そして、次の日(だったかな?)には、我が家に来ることに(笑)。

精神的に疲れ果てていて何もする気が起こらないし、もちろんボランティアに行くには遠すぎるし、仕事は休むわけにいかないし、と困り果てていたのですが、避難民を受け入れることで、せめてもの罪滅ぼしにならないかと思ったのがきっかけでした。

結果的には、友人は2週間ウチにいて、その間毎日宴が繰り広げられ(笑)、職場の集まりにも連れて行ったりして、普段は味わえない貴重な時間を過ごしました。おかげで、震災のことを気にしすぎることなく、過ごせたのでありがたかったです。…毎日遊び暮らしたのでちっとも休めず、肉体的にはボロボロでしたが(笑)。

…そうだ、ホントはその年ちょうどワタクシの誕生日にライヴがあって、友達大勢と集まる計画をしていたのに、ライヴ自体が延期になったんですよね。でも、誕生日もお祝いしてもらって、ホントに嬉しかった(感涙)☆

 

―割り切ることの大切さ―

震災というと、1995年の阪神淡路大震災のとき、ワタクシは京都に住んでおりました。学校が試験前で、前夜に寝たのが非常に遅かったのですが、ふと目が覚めて、時計を見て、まだこんな時間か~と思って再び寝ようとしたときに、物凄い揺れに襲われた、ということは非常によく覚えています。

ただその後、友人や家族から電話がかかってきたあとは、あまりの眠さにすぐまたベッドに戻り、朝起きてテレビをつけたら、神戸がひどいことになっていて絶句したんですよね。でも、学校はその日休みでしたが、夕方からはいつものようにバイトに行って、その後しばらく余震が続きましたが、揺れてもみんな慣れたのか、誰も何も言わないまま。震災はホントにあったのか!?と思ってしまうほどでした。

当時は、震災があったのは関西だったということもあり、数日後には、テレビなどは震災前と同じ状況に戻っていたように思います。今ほどメディアが発達していませんでしたし、1995年はその後地下鉄サリン事件とかもあったりして、震災のことはすぐに忘れてしまいました。

しかし東日本大震災のときは、日本の中心である東京が被害を受けたということもあり、メディアはずっと震災関連… 西日本の人間からすると、はっきり言って迷惑、だと思わずにはいられませんでした。もちろん、復興のお手伝いはしたいですよ、でも、こちらにはこちらの生活があってですね、それどころではない、というか、見ていると気が滅入るばかりで、こちらまで健康に害を及ぼしそう。

ということで、「経済の復興のために、西日本の人はいつも通りの生活をしましょう!東日本の人の分も働きましょう!」なんて声も上がっていました。このように、直接現地にボランティアなどに行かなくても、できることはたくさんあることを知りました。いつも通りの生活をするほうが、被災者の励ましになることもあるのだと。

それって、今のコロナウィルスのことに関しても言えるのではないかと思います。ウィルスのことを心配しすぎても、仕方ないと思うんですよね。今、イベントが中止や延期になったりして、娯楽に飢えている人もたくさんいると思います。でも、気持ちで滅入るのが一番よくないんじゃないですか?

だから、ここは割り切って、普段できないことができるチャンス!…ってことで、ワタクシも、最近あまりできていなかった読書をしてみたり、スキルアップの勉強に努めたりしています。

 

―ピンチはチャンス―

ワタクシが好きな言葉の一つに、「ピンチはチャンス」という言葉があります。ピンチを切り抜けるためには、それまでとは別のやり方を試す必要がある場合が多いです。でも結果として、そのことが功を奏す場合もよくあります。

今も、テレワークの有用性を実感している人が多いようですね。

このように、身の丈に合わないことをする必要はないと思います。困っている人たちのために、協力できそうなことはもちろんするべきですが、必要以上に滅入ったり、自粛したりする必要はないと思います。

 

―できることをやる―

今回のコロナウィルスで思い出すのは、アルベール・カミュの『ペスト』です。ある町にペストがはびこり、封鎖されるという内容です。死亡者もたくさん出ますが、何やかんやでどうにか終息します。…今久々に読み返しています。

もちろん、ウィルスのことにせよ、震災のことにせよ、他人事と思うべきではありません。でも、回り回って、いつか、協力すべき、されるべき時が来るかもしれないので、ワタクシは、今できることを精一杯やることにします。

…最近、お出かけの予定も少し減って、ちょっとのんびりしているので、思考回路も復活してきたかな?精神的リハビリ生活を、満喫しようと思います☆

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